06.背徳、光彩を放つ

「良いですか、政宗様。可能性ですよ、可能性としてある。という事です。必ずしもそうじゃぁ、無い。ただ言い伝えはあって過去にもそういう女人はいたんですよ」

 名前のあまりにも苦しそうな様子に、政宗は医者を呼びつけ、寺の和尚にも来て貰い診てもらった。名前がこの様に床に伏せるようになった経緯を話した所、医者の見立てでは「精神的なもので暫くすれば治ります」と言い、今明で眠りによく聞くとされている漢方などを処方してもらった。
 一方の和尚は唸りながら目を左右に泳がせて嫌に落ち着かない。暫くして政宗に「部屋を変えてもよろしいかな」と何やら意味深なことを告げ、自室に招いた所、先の言葉を言い放ったのだ。

「ですから、その昔まだ築城する前のお話ですが、ここいらは畦が続いて居りまして、その途中には大きな桂の木がありました。寺の石垣の脇道の先にある、あの大きい桂の木です。村人たちは、そこに社を建てて、若くして亡くなった兵たちを祀ったのです。ただ、その兵というのは──」

 祀られていたのは、祝言を上げて間もない兵ばかりだったそうで、故に我が子を見ることも、抱くことも無く仏になってしまったらしい。そうして子を作れなかった念が、社に蓄積され、たまたま通りかかった名前に乗り移り、晴らせぬ無念を晴らそうと悪さをしているのでは…というのが和尚の見解である。そんな昔話の延長のような言い伝えを、和尚が真面目に話すので、政宗はバカバカしいと思った。しかも桂の木はあるが、社というのはその昔はあったのかもしれないが、政宗が入城してからは見たこともない。
 それに現に名前は苦しんで、熱もある。これが何か大きな病でなければ何だというのだ。医者にしろ、和尚にしろ、全くどの見立てもまっとうな判断とは思えず政宗は苛立った。しかし、医者は別段身体はどこも悪く無いと言い、それもそれで気にはなる。身体は健やかです。などと、涼しい顔で言うのだ。いつも政宗の怪我など診てくれるこの医者に限って、政宗の前でいい加減な事は言わないだろうが、それにしても腑に落ちない。ずずと白湯を飲み干した和尚に政宗は問いただした。

「その社ってのを俺は一度も見たことがねえ。本当にあんのか?」
「私も見たことがございません」
「AH?!ねえのかよ」
「ですから、見える者には見えるのでしょう。現存していたと云われるのは城の建つ前、でございますからな」
「で、名前はどうしたらいい。あんなに毎夜苦しんでちゃ、気が休まらねえだろう」
「そんな事は、明々白々にございましょう」

 和尚が目をじっと細める。政宗は察して「病人にそんな事できるか」と声を荒げた。

「それが、一番の薬でございます。ですから、早う、お子を作りなされ。さすれば奥方も元に戻ります」

 和尚を送るついでに政宗は、寺の石垣の脇道へ入り桂の木を確かめることにした。
 枝は無数に伸びて空を覆っているせいか、この場所だけ日当たりが悪い。下男たちの雪かきも脇道までは届かずに、石垣の前でぴたりと止まっている。木の根本は硬い雪でびっしりと埋もれていた。幹はずっと湿っているらしく苔には最高の住まいらしい。しかし幹の裏側を見てみても社はどこにも見当たらない。本当にあったのかすらも怪しい。兎に角、身体の心配は無いと和尚も言っていたと、名前に告げた方がいいだろう。こそこそと二人部屋を抜け出せば不安を煽るばかりだ。政宗は東の棟へ引き返した。

 夕暮れ時は、侍女や女中たちが厨へ一斉に集まる。我が主の食事の支度も勿論の事、他の家臣たちの食事、ひいては自らの分も拵える。煮炊きの匂いが縁側に届き、鳴りそうな腹を堪え、政宗は名前の部屋の前まで来た。一声掛けても返事はない。侍女はきっと名前の夕餉を準備中で、名前は眠っているのだろう、そう思い政宗は障子を引いて部屋へ入った。
 ところが、名前の布団はもぬけの殻だった。また、どこかに行ったのか、と部屋をぐるりと見渡すと二段に積み上げられた長持の裏から、微かに声が聞こえた。真白い袂も覗いている。何故にそんな所に引っ込んでいるのか分からなかったが、政宗は布団に戻れと上から覗いた。
 名前は長持の影に隠れ、襟ぐりを掻き抱きはぁはぁと息を荒げている。熱があるのだろう、それは判る。理解できるのだが、潤む瞳で見つめ返す彼女の袂は開け、艷やかな足は板の間に投げ出され、寝間着は何故か濡れていた。名前は政宗が近寄らないよう、必死に退いて壁にめり込むように背を押し付けている。

「来ないで下さい…」
「布団で寝てろよ、何やってんだ。こんな部屋の隅で」

 一歩踏み出した時、政宗は足元が濡れた。それを見て、名前は今にも泣き出しそうである。よくよく見ると、名前は帯も解き片手を股の間に挟んだままだった。先程の和尚の言葉を信じているわけではないが、一応、確かめなければ対処の仕様がない。なおも退こうとする名前に近づき、二の腕を掴んだ政宗は震える彼女の肩をそっと抱き寄せた。身体は相当に熱い。抵抗するも、股に伸ばされている名前の腕をゆっくり引き上げると、指先は濡れていた。名前はとうとうわっと泣き出した。

「泣くな。犯してるみてえじゃねえか。和尚から昔話を聞いた所なんだが、まさか本当に…そんな事が有るんだな」
「な、何をお聞きに…」
「桂の木にある社の話だ。大昔、城ができる前にもアンタみたいな女人が居たんだと。まあ、さっき確かめに行ったが社なんて無かったがな」

 政宗を遠ざけていた名前は、目を見開き、すがるように政宗の両腕を掴んだ。

「私見たんです、きれいなお社を、、そうしたら突然何かに押された様になって、苦しくなって、身体は熱いし、気づいたらこんな事をしていて…。でもその後は、熱も収まって苦しくも無いんです…。どうか、どうか、お許し下さい…」

 名前は政宗に抱きつきながら自分の耐欲の無さと、不甲斐なさと、政宗へのこれまでの非礼などを、一気に吐き出し嗚咽していた。仕舞いにはふしだらな側室は手打ちにしてくれとまでのたまう始末だ。確かに、東に入ってからの彼女の行いは決して良いものではなかったかもしれない。自由気ままに奔放に、或いは退屈を一人で紛らわさせてしまった政宗にも多少の責任はある。
 政宗は、名前の顔を上げて涙を拭った。

「気にかけてやれなくて悪かった。俺でよけりゃ、まぁ…そのあれだ」

 申し訳ありません、と俯いて蚊の泣くような声で名前は呟いた。少しは落ち着いたらしく政宗は名前に回した腕を上下に摩って、褥に戻れと言うと名前は素直に従った。恥ずかしそうに袷を整え立ち上がろうとしたが、力が入らないのかがくんと膝から崩れ落ち、慌てて政宗は支えてやった。「ゆっくり歩けよ」と促し肩を貸してやる。
 しかしながら、名前の姿は目に毒だった。開いた襟からはいよいよ胸が覗いていて、上気した頬も、歩く度に晒された足も、どこを見ても誘っているとしか思えない…。蛇の生殺しとは正にこの事である。どうにかして自尊心を保たねばならなかった。このまま泣きじゃくる名前に手を掛けてしまえば、名折れだ。折角竜王などと称したからにはそれ相応の振る舞いをせねばと思うのだ。だからこそ、ここは忍耐強くなければならない。そう何度も自分に言い聞かせた。
 名前を布団に横たわらせ、政宗は彼女が眠るまで側に付いている事にした。名前は安心したのか、政宗の手を握ったまま目を閉じると、まもなく寝息を立て始めた。多少はこころを許してくれたのだろうと思えばそれはそれで悪い気はしない。
 雪解け前の触れられる内に名前に触れていたい、もっと側にいてやりたいと政宗は思った。 

06.背徳、光彩を放つ

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