02.出会わない

 各地の歴戦の武将たちは数多の死地を乗り越え、日の本天下統一という荒波へ続々と船を漕いだ。
 調略、謀反、下剋上、虎穴を逃れて竜穴へ入る様なそんな光の見えない荒野を、北の地からじっと機を見て地盤固めに勤しんでいるものの、やはり中央に近いというその土地柄を見ては、政宗は幾度となく下唇を噛み、歯がゆい思いをしている。
 時折、彼の右目である片倉小十郎から諸国の情勢や戦況を聞けば、そのとんちんかんな軍略や政の数々に笑いがこみ上げてくるほどだ。中央の戰場に飛び出してくてうずうずしてくるのである。遅れてきたなんとやらなどと、どこぞの旗本などには言われているようだが、今にそいつらも配下に加えてやると、政宗は意気込んでいた。親ほどの年齢の武将たちは、若き当主を然程気にしては居らず、伊達の小僧はまだ奥州の統一に手を焼いている、と噂しているのである。

「HA!精々、今のうちに大口叩いておくことだな。なあ、小十郎」

 書簡を几帳面にたたみ終えた小十郎は、盆に載せ恭しく政宗へ差し出した。

「御もっともです。日ノ本を統べるに足るは、政宗様の他には居りません」
「相変わらずお前は、、」

 そう言って、煙管を取り出した政宗は苦笑いをしているが、まんざらでも無さそうである。
 各地で火の粉が舞う昨今、政宗は常々考えていたことがあった。足利義輝は帝などと呼ばれ、織田信長は魔王の異名を持っている。周辺諸国の国持大名連中がこぞって格好ばかりの御大層な異名をつけているなら、自分もそれに乗っかってみようというのである。奥州独眼竜、この名は上杉、武田辺りには精々名の及ぶ所となった。中央に切り込んで行くならば、ここは一つ盛大に謳って、華々しく己の存在を世に知らしめてやろうと考えていたのだ。
 半紙を一枚取り、硯を引き寄せる。煙管を加えたまま、くゆる煙に乗るようにさらさら筆を運び終えると、鷹揚とした字で書いたそれを小十郎に掲げて見せた。無尽蔵に湧き上がる主の野望に相応しい異名は、全てを背負わんとする政宗の覚悟の現れである。

「竜王、ってのはどうだ。俺は北の地の王にとどまらず、今日から日の本の王を名乗る」

 血気盛んで、向こう見ずな所もあり、戦場でも本陣にじっとしていない主は隣で見ていて肝が冷える思いもするが、それでも小十郎はここに至るまでの政宗の根回しや、政略も存分に近くで見てきた。
 必要かと首をかしげてしまう輿入れも、行軍の為の山道確保と流通経路が目的であったし、奥州諸国の親類縁者を押さえつけたのも、遠縁を頼って側室たちに地道に筆など取らせて文を熱心に送らせたことも多少なりとも効果はあった。まとまりつつある内政に側近たちもより団結力は増し、いよいよ以てその六爪の切っ先を天下統一を競う武将たちに突き立てる用意は整っている。

「あんな爺共が、大層ご立派な異名持ってるっていうんなら、俺もこれくらいはやらねえとな」

 政宗は文机に置いた半紙を満足気に眺め、深々と頷いた。
 山道もあと十日もすれば、大所帯で移動できるくらいにはなるだろう。その前に、小十郎はひとつ言わねばならぬ事があった。一度咳払いをして、小十郎は拳を板間に付いた。

「政宗様、僭越ながら申し上げます」
「Ah?何だ、藪から棒に」
「はっ、内政も落ち着きを見せておりますれば、そろそろ、、奥の方には今ひとつ尽力いただかねばなりません」
「子を孕ませろってか」
「……政宗様、犬猫ではございませんので、少しは慎ましやかに、お言葉をお願い致します」
「悪かった。とはいえ、めごも最近はちいっともだ。他のは、まぁ…とはいえあんまり乗り気じゃねえな」
「ご嫡男がお産まれになれば、政宗様の築かれる伊達家は一層盤石なものとなりましょう」
「んなもん、分かってるがな…」
「そう仰られるかと思いまして、この小十郎、無礼を承知で側室の奥方様を色々と調べて参りました」
「あ??」

 そう言って、小十郎は帳面を取り出し、奥に集う女人の素性をつらつらと話し始めた。
 政宗は我が腹心とはいえ、この下準備には頭が下がる思いである。いかんせん、生まれてくる子供は正室愛姫の元で育てるとはいえ、性格や育ちの半分は母親に似るものだ。この苦難の多い伊達家に相応しい跡継ぎを産むために小十郎も余念がない。もっとも、政宗を幼い頃から知っている小十郎だからこそ、心身ともに強く逞しく有って欲しいと願うのは当然の事だった。

「因みに、婚儀のあった初夜を過ごされてない方がお一人…。政宗様、覚えはありますか?」
「答えはNoだ」
「でしょうな。あの晩は真田の騒動がありました故…。ちなみに、東の棟の一番北側のお部屋に居られます、名前姫様にございます」
「…ああ、国境の街道沿いの、だがイマイチ顔が思い出せねえな」
「左様ですか。政宗様が直々に縁談の使者を遣わせておられます。器量よく、愛想もよし、城の下男はじめ使用人たちからは随分と慕われているようです」
「へぇ」
「草の報告によれば、それはそれは、肝の座った御仁のようで、暇を持て余して居られるとか。勝手に出歩いてはしばしば侍女に叱られているそうで、武芸は達者ですが、家仕事はどうも苦手のようです」
「おしとやかにしとけって言っとけ。問題も起こすなってな」
「…まあ、仰るのもわかりますが、ひとつ手土産でも持って会いに行かれては如何ですか。名前姫様の様に使用人に慕われる側室は色々と重宝いたします。大所帯の戦支度にはまだ当分かかりますので是非に。軍議も整えばいつでもお呼び致しますので」

 小十郎にこうまでして勧められれば、行かないわけにはいかない。政宗は、煙管を返し包みに入れ、袖に放り込むと膝を叩いて重い腰を上げた。

 厨へやってきた政宗は、女中たちの夕餉の支度の脇でお得意のずんだ餅を作り始めた。
 秋口に収穫した枝豆は藁で包んでそのまま寒空の下に放って置いたので、色も味もそのままである。薄氷の付いた藁から取り出した枝豆を茹でてすり潰しにかかった。その様子を女中たちは遠慮がちに遠まきに眺めている。手が空いてそうだったので、もち米を炊いて貰って、半刻ほどかけて五人分くらいのずんだ餅ができた。余分に作ったものは、手伝ってくれた女中たちに振る舞い、政宗は竹皮に包んだ二人分を引っさげて、東の棟までやってきた。
 小十郎は一番北側の部屋だと言っていたので、ずんずんと名前の部屋を目指した。時折黄色い声で「政宗様」と呼ばれる声に軽く手を掲げると、己に会いに来てくれてのではないと判るや否や、残念そうに政宗の背を眺め部屋へ引っ込んでいく。
 目的の部屋に到着すると部屋の障子はわずかに空いていた。不思議に思いながらも、おいいるかと一声掛けるが返事はない。政宗は構わずいっぱいに障子戸を引いた。

「Dumn it!居ねえじゃねえかっ」

 部屋は空っぽ、侍女も居ない。通りがかった使用人に名前の居場所を聞くも知らないという。たまらず政宗は草を呼びつけた。

「あんのお転婆娘、どこにいる?」

 黒脛巾の忍びは頭を垂れたまま「城内を散策しているようで、今は寺の辺りに居られます」と答えた。

「Ah?!真逆じゃねえか、、ったく、」

 頭をかいた政宗は、しょうがねえとその足で名前を探しに城の南へ向かった。

02.出会わない

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