01.怠惰を貪る姫

 去年の戦が終わる晩秋、名前は伊達政宗の側室となった。
 既に正室は愛姫が居り、他にも数人政宗は側室を抱えていたが、政を収める為、家格も然程良いとは言えないたった数万石の家禄しかない、貧乏旗本の娘の家へと使いを寄越した。
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いとも言われる独眼竜の側室に収まることは、まったく月にすっぽんのような出来事だった。立派に手入れされた毛並みのよい栗毛色の馬が領内に颯爽と入ってきた時は、それはそれは、町中どよめいたものである。
 報せを受けた時、名前の母は腰を抜かし、父は伊達から来た使者が帰るやいなや、門扉を突き破る勢いで飛び出し、何をするかと思えば、向こう三軒両隣いや、川向うの集落まで聞こえる声で「娘が伊達家に嫁ぐぞ!」と叫び倒した。今思い出しても恥ずかしいことこの上ない。
 ともあれ、この輿入れもそもそもが国境の守りをより強化させようという策略であり、流通経路の掌握も兼ねていたのである。輿入れとは言い換えれば人質であり、それが名前なのだが、両親は元々伊達家に心酔していたので、この縁談に意味があったのかはよくわからない。
 ともあれ過ごす事、早数ヶ月が経とうとしている。
 冬を超え、雪解け水は川底の土をすくい上げ魚たちも泳ぎはじめている今日此頃、縁側からだだっ広い庭の池を眺める名前は毎日暇すぎてしょうがなかった。
 身の回りのことは、大抵侍女が手伝ってくれるし、朝餉も夕餉も黙っていても出てくる。城には働き者の女中が大勢いて、皆忙しなく前掛けを翻し、本当によく働くなと思いながら名前は日々過ごしている。ぐうたらと怠惰に浸かっていれば、侍女は「名前様!たまには針仕事の一つや二つ、なさいませ!殿方の羽織でも縫って差し上げればよいものを!」としばしば怒られる。しかしながら名前はあまり政宗のことをよく知らないし、実を言えばまだ一度も、部屋まで渡って来たことはないのだ。祝言を挙げた日の夜は、城内のどこかで笛が鳴り響いたかと思えば、廊下を慌ただしく家臣たちが右往左往するのを眺め、政宗と顔を会わせぬままに初夜を終えた。
 他の側室たちは、愛姫が孕みそうだと分かった時も、我も我もとあの手この手で政宗の気を引こうとしていて、我が子を身ごもるのに必死である。本来なら名前もそうあるべきなのだが、見る度になんだかな、と側室にあるまじきことを考えているのである。要は気が乗らないというか、そう好いても居ない一度しか会った事のない男にべたべたするのが何となく首を傾げてしまうのだった。侍女には、「少しはお家の為に励みなされ!」と、口を開く度に小言をもらう。耳にタコができるくらいには聞かされた。
 名前付きの奉公人たちは、毎夜毎夜、いつ政宗が名前を訪ねて来てもいいように就寝前は身支度を整えてくれる。禊をして体もきれいにしてくれて、寒い冬は温かい温石なども布団に入れてくれて、毎夜素晴らしい眠りだ。あまり大きな声でこのような感謝を口にすれば、侍女にうるさく言われるので、時間を見つけては厨から菓子を分けてもらい、彼女たちと散歩しながら食べたりしている。全く姫らしくない、とは侍女の口癖だ。名前も、このままでは居場所がなくなってしまうと思うことはあるのだ。子を成さない側室はただの食い扶持減らしでしかないのだ。
 しかしどうすればいいのかは、いまいち分からない。毎朝しおらしく政宗の部屋の近くの濡縁で、彼が通るのを待ち指をつけばよいのかもしれないし、歌のひとつやふたつ送ってみても良いのかもしれない…とも思うが、そもそも政宗が城に居るのも稀である。
 雪が降る日でも城主は馬に乗ってどこかの支城に赴いているし、聞く所によると伊達政宗という人間は少々気障が粗く、側近たちは皆いつも低頭していなければ即打首だという噂も聞く。殿のお眼鏡に叶うよう、年がら年中気を張っていては名前自身の身が持たない、と思うのだ。現に、他の側室たちの間には妬みや僻みも多少なりとも聞こえてくる。
 側室としてのあるべき姿── そう考えてはみるものの、伊達政宗の破天荒な正確と、まるで回遊魚や渡り鳥のようにとどまらず、ひたすらに群雄割拠に突っ込み走り続ける勇猛な武人には、並大抵の女では釣り合わないのだ。己は己で良い。と、また今日も自問自答して、己に甘い肯定をして終わるのである。名前は自分でもやる気がないなと思うが、まあ、なるようにしかならないと開き直るのだった。
 部屋の板の間に大の字になって、天井を見上げた。その時ふと、城内はまだすべてを回りきってはいなかったことを思い出した。輿入れした頃は冬に差し掛かることもあって、下の方の堀まで覗いていなかったのだ。大分、這った氷も溶けているはずである。
 よっこらしょ、と体を起こし名前は侍女に黙ってそうっと部屋を抜け出した。

01.怠惰を貪る姫

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