五、牙をむいた蛇
ひゅうと遠くで鳶が鳴くのが聞こえた。筆を握っていた政宗は障子戸を引き、背にささやかな戒めの視線を受け空を眺めた。
姿勢を崩して戸にもたれると、呆れた腹心は器用に文字を走らせながら小言を言っている。小十郎の言葉は時折、傷口に塩を揉みこまれているような心地であって、なかなかの毒を吐くのである。何十回と聞いた筈の文武の心得をまた説き始め、思わずため息が洩れた。ちらりと成実と視線が通えば、彼は肩を竦ませたが、政宗よりもやんちゃなはずであるのに政務はさほど苦ではないようである。
大体、机に向かうのは、どうも政宗には有り余った体力が邪魔をしてじっとしていられない。漲る体力は愛馬の世話と称して城を抜け出したり、鍛錬をしたり、あるいは竃に立って大人数の飯を炊いたりだとか、そうやって身体を動かしている方が結局は落ち着くし、性分にあっている。
ぼんやりと小十郎の声色だけを耳に入れ、既に幾十にも脳の皺となった内容は上の空で聞いていた。円を描き、悠々と羽ばたく鳶の様子には、早く軍を出してえなと、暖めている軍略に思いを馳せる。
すると、同じく政務に就いていた留守政景が休憩にしましょうと場をなだめ、小十郎はしぶしぶ了承した。大抵この流れまでが、いつものことである。
待ってましたといわんばかりに、直々に茶を淹れてやろうと政宗は廊下へを出た。厨の方へ向かっていると、兵らが雪の無い場所に茣蓙を敷き、蔵から鉄砲を出して整備をしている。早い時間に成実が銃身や引き金を調整しておけと命じていたのだ。青々とした高い寒空の下、作業に勤しむ彼らは、明日の命を託す武器を朗らかに扱っている。
日常の中に徐々に士気が溶け込み、闘志が城内に湧き始めると、兵士も落ち着かない心持ちになるのが見て取れた。日を追うごとに灯火の強弱がはっきりと分かる戦地との境界線が近づくにつれ、人にも潜在的にある動物の本能が段取りを行う間に見え隠れする。それは人の性である。馬屋や宿舎、通りがかり耳にするのは、きまって色の話であった。
戦に負けるなどとは微塵も考えた事は無いが、戦地へ赴く兵も将も明日をも知れぬ身である。行軍中は極限の精神状態が続く中、些細なきっかけで暴徒が出ることもある。政宗はそういった不届きが起こらぬ様、出陣が近づくと城下花街界隈への出入り、多少の火遊びは多目に見てやっていた。
政宗も例外ではないが、近頃好色な彼らの雑談に混じってしまうと当主になったのだからと、嫁はまだかと周りが煩い。父輝宗の側近、年寄り連中は特にだ。年始の祝賀には挙って自慢の愛娘を連れて来た。深窓の姫は、飾り雛のように澄まし、器量も気立ても良いのだと紹介される。行く行くは妻を娶らねばならぬと分かってはいても、政宗は実母義姫との確執があってか、嫁とか妻とかそういう類いを無意識的に嫌厭する節があった。
作業をする兵らの労いもそこそこに、会話を遠ざける様に廊下を曲がった。すると、輝宗に出くわした。父は調子はどうだと息子を気に掛ける。鞍が冷たくなっていますと答えれば、今だけしか休めはせぬのだからそう急くなと笑った。
輝宗が、我が離れから執務室のある建屋まで来たのは留守政景に入用なのだろう。
誰かを遣いを出せばよいのに、退役した今、日ごろの政務はほぼ政宗に移り、暇を持て余している様子で、一時も自室にいらっしゃる事がないのだと先日、遠藤基信が零していた。じっとしていられないのはやはり親子であるらしい。
色つやの良い顔を見るに、輝宗は上々の機嫌だった。
「今年も綺麗な椿があちらには咲いたな。もう見たか、政宗」
「父上…。先日、母上の植えられた生垣に大内の娘が居りました」
「愛でるには良い頃合いだと、あの場所を教えたのだ」
「存じております。あれに何を話されたので」
「隠居の昔話を聞いてもらっただけだ」
「仮にも大内の人間です。御戯れも程々に」
輝宗は今回の帰参を許していて、定綱には見事に寛容な態度である。政宗は見ていてはらはらした。決して大殿としての振舞いを信用していないのではない。心配なのである。
人の良い輝宗は、周辺諸領における一触即発のいがみ合いを、人死を最低限に抑えるべく、家々の婚姻を結ぶ事によって仲裁、対処し治めてきた。それ故に今日の伊達家の信頼と影響力が大きくなったと言ってもよいが、対処できたといっても当然ながら全ての家の要求を満たすには至らない。大なり、小なり、各家妥協しているのが現実だ。
幾代にも睨み合っていた家々の中には、当然処置に不満のある者もいる。芦名や佐竹は小さな火種を目ざとく見つけ出しては使者を送り、伊達の臣属を離れれば所領安堵を約束すると言って裏で手引きをしていた。忠臣であればともかく、大内定綱のように義のぶれ易い者たちは甘い言葉にいくらでも乗せられる。故に信用できぬのだ。
先日の初穂の様子では間諜など務まらぬだろうと判断した今でも、定綱自身は何をしでかすか分かったものではない。政宗がそうはっきりと告げ、内儀を話し、弱みを握られたらどうするのですかと意見すれば、輝宗は困った笑みを浮かべて、息子の肩にぽんと手を置いた。
「政宗。少し肩の力を抜くのだ。小十郎や成実は信頼でき、他の者は信用ならぬなどと宣うお主ではあるまい」
口ごもっていると、輝宗は笑って見せ、政景のところへとその場を後にした。
茶を淹れてやると言った手前だ。気を取り直して政宗は廚へやってきた。この時分は、朝餉の片付けも終え女中たちは外で洗濯をしている。
誰も居らぬ土間へ入ると、陽の当たらぬ場所はいまだ朝靄の陰影が残り香のように漂っていた。湯を沸かすため、ちょうどよい釜を探していると、土間の隅に大きな桶がいくつも積み重なっている。内ひとつには水が張られ、中には椿の花がぷかぷかと浮かんでいた。誰がこのように浮かべたかは知らぬが、政宗は暫らく吸い込まれるように眺めていた。
幼い頃、実母の義姫が椿の生垣を作った。花が咲き、首がもげるように地へ落ち、残念な様子の梵天丸を見た母は、水を張った桶に落花を浮かべ、くるくると回して共に遊んでくれた。それが唯一、義姫との母子らしい記憶である。その後疱瘡に掛かり、奇跡的に病は治ったが、片目を潰した政宗が再び母と花を愛でた事は以来一度もなかった。この容貌では仕方の無いことだと幼心に言い聞かせ、それからというもの、毎年眺め遣る花は地に落ちたままである。
触れて欲しそうに桶に漂う花と己の回顧に自嘲していると、乾いた土に草履の擦れた音がした。振り向くと、そこには襷を掛けた初穂が、驚いた様子で洗濯桶を抱え突っ立っていた。
「なんだ。居ちゃ悪いかよ」
「とんでもございませぬ。その…、入用でございましょうか」
「丁度いい、湯を沸かしてくれ。茶をいれたい」
「畏まりまして、ございます」
広い土間の上がりに政宗は腰かけた。初穂は手際よく窯に水を入れ、竃に残る灯を大きくした。長らくの山暮らしで台所の扱いは手馴れたものである。いえども城主を前に心休まらぬ様子だった。
湯が沸くまで暫くかかるので、初穂も上がりに腰かけたが、恐れ多いとの意からか、政宗との間に人二人分の隙間を置いた。
蛇の巣に投げ込まれた訳でもないのに、いつまでも怯えた様子で、うだつの上がらぬ娘と思っていたが、前掛けをつけ、態は姫であるのに日中は女中と同じ仕事をしたり、基信にもえらく懐いている。女郎の女心などは簡単に推し量ることは出来るのに、毎度政宗にとって初穂は難解な娘だった。
そんな思案を余所に、城主を前にした初穂は前掛けの皺を執拗になでたり、よほど桶の椿が気になるのか、ちらちらと伺っては所在ない。
外からは、女中たちが楽し気に洗濯をする声が鼻歌まじりにこだまし、廚を満たした。手持ち無沙汰の政宗は後ろに手をつき、すすで黒くなった梁を見上げた。
「おい」
「は、はい、殿」
「最近定綱の様子はどうだ」
「父は、毎日遠藤様との御勤めに励んでおります。おかげさまで息災にございます」
「I see、あんたはどうなんだ」
「わたくし、でございますか…?」
「米沢の城は慣れたかって聞いてんだ」
思わぬ問いに初穂はきょとんとしていたが、頬を緩ませて小さくはいと頷いた。
再び沈黙が訪れても先日の早朝同様、二人の間には雪間のような寒々とした空気は感じられなかった。不思議なことに、妙な懐かしさが漂っていた。政宗はちらと初穂をのぞき見た。青い瞳は一瞬政宗を捉えたものの、直ぐさま逸らし俯いた。
初穂の様子に政宗には思うところがあった。疱瘡が完治したばかりの頃、初対面の者は好奇心から眼帯の下を想像して右目を注視する。しばらくは他人と面と向かって話すことが何より苦痛だった。初穂もそれと同じなのだろう。だが今の政宗はその者たちと同じく、碧眼への好奇心に抗えずにいたのである。
本人に直接聞いてみればいいと言っていた成実の言葉が過ぎっていたのだ。
背後で炭の弾けた音が大きく響いた時、政宗は問いを口にした。初穂は肩をふるわせ瞬時に顔が青ざめた。政宗はそこで確信した。
これまで初穂が生きながらえることができたのは、先読み出来る碧眼の噂があったからだ。それによって、お家の危機は避けられたにもかかわらず、六条家は初穂を残し皆死んだ。
目の前の娘は必死に頭を回転させ、何か決心した面持ちでいる。
竈の側に立てかけたまな板の側には、立派な出刃包丁が置いてあった。政宗は初穂がそれを一瞥したのを認めると「もういい」と言って、立ち上がった。時宜よく沸いた湯を鉄瓶に注ぎ、湯飲みを盆に乗せた。
「俺は定綱を信用しちゃいねえ。厨で何も聞いちゃいない。その眼のこと他のもんには黙っておけよ。余計なこと考えんじゃねえぞ」
それだけ言うと、何事も無かったかのようにして出て外へ出た。
側には嫌な気配があった。食料庫である蔵の壁に寄りかかり、手を振っているのは成実である。遅いから心配したんだともっもらしいことを言った。
「彼女の気概が見れた?」
「そんなんじゃねえ。嘘です申し訳ありませんっつー理由で、易々と腹を切られても困ると思ったからだ。大内の侍女とか色々面倒くせえだろ」
「仰るとおりで、殿」
にやにや笑う従兄弟に、政宗はまんじゅうをもってこいと命じた。
◇
新年が始まり十一日目、ようやく伊達家直臣らによる軍評定が開かれた。
大広間には何百もの武将が集められ、奥羽の地に名を馳せる家の者ばかりが一同に会している。上座からの眺めもまた壮観である。この評定では今年一年の役が与えられ、領地を新たに与えられる者、位の上がる者、一人一人名を呼び、政宗が沙汰を言い渡すのだった。
次々と家臣と言葉を交わし、忠義を政宗に誓う。あれだけの帳簿を見るには随分気の滅入ることだったが、こうしているとまんざらでもない。政宗から少し離れた小十郎は、意味深に何度も頷き、政務はこのように家臣らへ繋がるのですよと、当主になったばかりの政宗へ凄まじい眼力であった。
「次、大内定綱殿」
呼ばれた定綱は「はっ」と返事をし、すり足で政宗の所までやって来ると、作法通りに座した。一見柔和にも見えるが、相変わらずの薄ら寒い笑みは、腹の中で何を考えているのか分からない。小浜から寄越したのか、大変上等の新調したらしい裃の襟は折り目正しく、しかし政宗には実にわざとらしい見栄えに思えた。
「殿、新年あけましておめでとうございまする。本年より、伊達家に忠臣の義誓いますと共に、いかなる戦場でも粉骨し、政宗様、また伊達家への尽力を惜しまぬ所存にございます」
政宗は面を上げろと命じた。定綱への沙汰は、当面、遠藤基信付きであること、またその政務をこなすこと、そして年五十石の禄を言いつけた。当初の禄は更に少ない予定であったが、仮にも定綱は城主である。それでは益々本人の不服を買うし、伊達の面子もあると小十郎や基信に言われ譲歩した。
定綱は、有り難き幸せと、ゆっくり上体を起こすとにたりと不敵な笑みを作った。
その瞬間、おもむろに己が懐に手を入れ、何かを掴む仕草を見せた。慌てた小十郎は即座に腰を浮かせ、寝かせていた刀に手を掛けると前のめりに飛び出さんとした。場の空気が張りつめ、瞬き程の無音の後、広間に殺気が走った。ところが、取り出したのは何の変哲もない一通の書状だった。
今にも抜刀しそうな、しかし安堵した小十郎を一瞥した定綱は、ふんと鼻で笑っている。政宗は肘掛けに腕を据え、定綱を睨んだ。
「What’s that?それはなんだ」
「殿、折り入って頼みがございます」
「頼みだと」
「はい。先日、小浜より妻が身ごもっていたとの報せがあり、一月程、見舞ってやりたいのです。城も、留守役には預けておりますが、心配でございますし、我が家臣らにも随分顔を会わせておらぬ故、暇を請えぬかと…」
こちら中を改めて頂きたい。定綱が差しだした書状は、定綱の妻から定綱へ宛てた手紙だった。お産の支度も滞り無く、何時如何なる時でも丈夫な子を産めるよう、皆が手配してくれましたと夫への報告である。文面から察するに直、産まれるのだろう。定綱は帰城し、妻の側に居てやりたいのだと申し出た。
果たしてこれは真実であるのだろうか、政宗は小十郎に目配せをすると、背後にあった草の気配が音無く消えた。今この場で返答は出来ぬから、追って沙汰を言い渡すと定綱に伝えた。
家臣一同、全ての評定を終えた政宗は小十郎を伴い、二の丸から執務室へ戻っていた。空はすっかり薄夕闇に滲み、夕餉のしたくが廊下に漂っている。将らの覇気は益々高まって見え、座敷では集った者たちで宴会が始まっていた。
着実に多方面で出陣への取り決めがなされ、足もとからくる寒々とした空気も和らぎ、心なしか進みが良い気がしていたが、半歩後ろに従う小十郎は、浮かない顔をしている。強面には夕闇も相まって一層影が濃く映っていた。
「小十郎、定綱の奴ありゃ分かってて態とやったな」
「は、私も少々過敏に反応してしまったこと、申し訳ございません」
「何もなかったんだ。気にすんな。しっかし、小十郎を試すたあ良い度胸してやがる」
その夜、黒巾布が戻り、大内定綱の妻は間違いなく身重であるとの報告を受けた。政宗は寝床で、定綱を小浜城へ返すか思案していた。定綱には遠藤基信隊の侍大将を任せていたし、軍略も既に基信が伝えてあった。大事の前の小事、定綱を国元へ帰還させるのは気が進まない。だが、父輝宗の言葉が頭の隅に残っていた。ここで己の度量をみせてやらねばなるまいか。そう考えた政宗は、初穂を米沢城へ残す事を条件に、定綱の一時帰城を認めることにしたのだった。
定綱に代わり、初穂は益々遠藤基信と居ることが多くなった。小姓のようにどこへ行くにも付いて行き、政宗とも政務でよく顔を合わす。かと思えば、暇があると女中の仕事もやっていた。
城の女中たちは住み込みが殆どで、城内敷地に宿舎があり、そこから各々持ち場へ向かう。兵らも同じだ。女中と兵との間に産まれる子も少なくはなく、子供たちは年頃になれば父母の仕事を受け継ぎ、幼い頃から作法を身に付け、伊達に奉公する。とはいえ、やはり子供である。
よい陽気の昼、楽しげな声が城内に響いていた。足を振り上げては下駄や草履を飛ばし、明日の天気を占っている。
初穂の目を知ってか知らぬか、子供たちは飛ばす前に表か裏かを逐一問いただした。当然、初穂は予想はできても確実に当たるわけでもないので、少し考えるそぶりをした後に答えるのだが、どういったわけかこれまで全て当たってしまったものだから、初穂自身が動揺していた。
縁側に座る初穂には、きらきらと称賛の眼差しがいくつも向けられている。困って笑いでごまかしていると、そこへ政宗が通りかかった。
「或いは、本当なのかもしれねえな」
現れた政宗に、子供たちは飛びついた。筆頭!筆頭!と父の真似をする毬栗頭をがしがしとなで回して、政宗は初穂の隣に腰掛けると、小さな体を抱え自身の膝に乗せてやった。
「あんたもよく働くな」
廚での出来事など政宗は全く気にしていない様子で、政務で顔を合わせても変わらずの態度だった。先など見えぬと知っても、初穂を疑念の塊とは見ておらず、むしろ疑念は少しずつ薄れつつあった。
「殿、先達ては、なんと申せばよいか」
「言っただろ。定綱の言うこたあ信用してねえって」
「父上が見えると言えば、その実見えぬと…そういうことですか」
「まあそんなとこだ。定綱自身はあんたの目、信じてる風だったしな。だが養子とはいえ、今やあんたの父だ。悪く思うな」
「使用無きことにございます。定綱殿の転身ぶりは、私も以前から聞き及んでおりました故」
子供たちの騒ぐ声につられ、休憩に入った女中が現れた。初穂が一人で面倒を見ていると思っていたばかりに、政宗もこの場に居ることに驚いて、女中は大変恐縮そうに二人に礼を言うと、駄々をこねる子供たちを皆連れて行ってしまった。
一気に辺りは静まりかえった。
臨む庭木は葉が全て落ちきった枝だけで、春に咲くであろうその蕾はまだ堅いままである。
暢気に隣で欠伸をした政宗は「厨のあれは…」と呟き、煙管を取り出した。
「大内の侍女の為に、言う決心になったんだろ」
「私が更に定綱殿の信用を乱してしまっては、殿は兵を向けられるのではと、そう思うと恐ろしかったのです。ですが殿は見逃してくださいました」
「妙なそぶりを見せれば、いくらでもそうしてやろうと思っていた。定綱を恨みたい気持ちも、侍女への思いも分からなくはない」
初穂が返答に困り、苦笑いをすると政宗は白い煙を吐いた。
「下のもんは俺らの裁量次第で生き死にが決まることが多い。あんた立派に大内の人間だ。折角六条家のもんが生かしたんだ。無駄に粗末にすんじゃねえってこったな」
風が吹き、遠くで松が揺れている。大内の人間だと政宗に言われた初穂は複雑であった。険しい顔を携えた初穂を政宗はまじまじと眺めていた。
「あんた武家が嫌いだろう」
その問いに初穂は随分間を置いた後、遠慮がちに頷いた。政宗は、城主を前にいい度胸してんじゃねえかと冗談めかして言うと腰をあげ、うんと背伸びをした。
「なら、さっさと奥州まとめ上げねえとな」
けだるそうにしながら政宗は執務室へと向かっていった。家々の混沌は必ずしも己が欲だけでは無いのだと、その先を望む若き竜が突き進む様に、初穂も望む何かを垣間見た気がした。
あと幾月もせぬうちに、兵らの鍛錬に励む木刀のぶつかり合う音も、的を射る音も耳にすることは無くなるだろう。今は政務に励む家臣団も、具足をつけ、自慢の甲冑師鐔の溝に血を流しこむ。しかし、その日を待たずして花は狂い咲いた。
将兵招集の数日を前に、小浜から使者が書簡を携えやってきたのだ。
―大内定綱ここに参陣せぬ旨、伝え候
戦までに米沢城に戻るはずだった定綱は、参陣もせぬ、米沢にも戻らぬとの知らせだった。