一、雪消と狼煙
小浜城に連れてこられて、幾月が経っただろうか。移ろいは早く、その頃青々としていた庭はとうに雪化粧となり辺りは眩しいほどに白くなった。
戸の隙間から眺め遣れば、暗く深い濃紺の空には月が淡く儚気に昇り、うっすらと被った雲には、濡れる様に月光が滴って静まる屋敷に零れている。
火鉢は部屋の端と己が傍に一つずつ置いていると言うのに、室内は温まらず、呼吸をする度に白い息が漏れていた。きんと冷たい空気に一人潜む、そんな夜中の時分である。廊下には宿直の侍女しか居ない。
中々寝付けずに布団から這い出た初穂は、打ち掛けに袖を通すと、静かに畳を滑って箪笥の傍まで寄り、一番下の引き出しをそっと引いた。真っ暗な中で、目的の物を探すのは難儀なことであるが、初穂にとってはなんということはない。いつものように二重底のつまみをひょいと持ち上げれば、それはすぐに見つかった。
つい先日、田村清顕から菓子と称して届いた幾度目かの密書だ。内容はこう記されている。
『雪消なれば、伊達藤次郎政宗殿、初陣との知らせあり。小浜城主大内定綱不在なれば、城を抜け出す算段をつけたく候』
何度読み返しても、雪が溶けたと同時にまた戦が始まると書いてある。それも、今は亡き初穂の家、六条家がかつて臣属していた伊達家嫡男の初陣であるらしい。家に子があれば、戦の度に初陣を果たす若武者は大勢いる。伊達家だけが特別に珍しいことではないのだが、北の地のまんじりともせぬ昨今の情勢に、風雲押し寄せる様子が伊達よりちらついていると清顕は以前より言っていた。
初穂が囚われているこの小浜城の城主、大内定綱はもとより伊達と敵対する佐竹を主君としている。またその領地は伊達領との最前線であるから、伊達家嫡男が新たに旗を掲げたとあらば牽制のために己も参じる構えだろう。故に清顕はその渦中に乗じ、小浜城から脱出の算段をつけようとこうして幾度も文を寄越してくれるのだ。
初穂は、これまで受け取った手紙を暗がりの中もう一度読み返した。
まず、初穂の家が大内に滅ぼされてすぐの手紙には「もう伊達以外に頼る術はないだろう」と清顕は寄越した。正直を言えば、この時、家も何もかも失った初穂にとって、生きている己が見苦しいとさえ感じていた。家中の者は、皆とうに死んでいるのに、自分だけが生きながらえている。これ以上生きていてもしょうがない。そう返事をしたが、清顕は「お父上の最後の言葉をお忘れか」と再三認め送って来た。さらには清顕の愛娘、愛姫直筆の手紙も添えてあったものだから、いよいよ自害できなかった。
これ以上生きることが、はて何の役に立つのだろうか…清顕は生きよ、逃げよと言う。二転三転と幾度も、臣属を変えてしまう大内に居ては、いずれは何らかの火の粉が振りかかるやもしれぬし、己の身が持たぬぞとも言う。
最後の一文字に白いため息を吐いた。部屋はやはり温もらない。側の火鉢には真っ白い灰がぼってりと形を残したまま横たわり、燻りは小さくなりつつあった。
初穂がかつて両親とともに暮らしていた伊具郡は、現在は相馬氏の所領となっているが、元々伊達領であって、隠居していた輝宗の祖父、伊達稙宗が伊具郡丸森城城主だった。
六条家はその頃より小名として後年の稙宗に仕えていたのである。稙宗は若かった初穂の父花康を随分と気に入り登用していた。小さな武家の一家は長閑な伊具の地で伊達に奉公し、慎ましやかに過ごしていたのである。
ところが、主人伊達稙宗が死去した途端、周囲の状況は一変した。どこから湧いて出たのか、相馬氏が伊具郡の領有を主張し始めたのである。大隠居死んでこれ幸いとでも言う様に、相馬氏は間もなくして伊具へ侵攻し、あっという間に丸森城は落ちてしまった。
元々、隠居の居城であったために、周りの家臣たちもそれを取り巻く老臣ばかりで、積もる年月に腕も鈍っていた。唯一若かった初穂の父六条花康は指揮を取り奮闘したが為す術なく、大挙してやってきた軍勢は城を飲み込んだ。花康は丸森の屋敷で主と、そして妻子、家臣らと共に命を絶つつもりでいたのだが、悩んだ末に家族と己が家臣を連れ伊具を去ったのだ。
皆を連れ、逃げ果せた花康はこれからを思案した。順当にいけば伊達家当主が居る米沢へ行き、庇護を受けるのがよい。だが、そもそも伊達稙宗が丸森城主となったのも、家中騒動の戦に敗れたが故に、その地位を退くようにして隠居し入城したので、付き従う家臣を稙宗の息子伊達晴宗が快く受け入れてくれることは考え難かった。その上、籠城戦を生き延びた家臣とは恥晒しも同然である。米沢に着いたとしてもせっかく生き延びた一族郎党、斬首もあり得ることだった。よって六条一家はしばらく山奥を転々としながら半逃亡のような生活を送り、ひっそりと山間で田畑を耕しながらほそぼそと暮らし始めたのである。
もういっそのこと、武士の身分を捨て、農民として暮らして行こうか。そう、考え始めた頃、古くから六条家と懇意にしていた田村郡の田村清顕が、丸森城の騒動後に動員し、拠り所が無いのならしばらく田村で過ごしてはどうかと山で生活していた六条一家を見つけ、訪ねて来てくれたのだ。清顕と初穂の父花康は、同じ師に剣術を習っていて親しかったのである。この厚意に大いに感謝すると、やってきた田村の使者を一足先に返し、皆を引き連れ一路田村領を目ざした。
ところがその道中、悲劇は起きた。
田村領へ抜けるには、伊具郡から南下しなければならないが、途中に伊達領、そして安達郡大内領を抜ける必要がある。緩急の険しい道とも言えぬ山道を進み、ことは安達郡に入ってから起こった。
一行はあろうことか安達領領主大内定綱の遠掛け道中にばったりと出くわしてしまったのだ。これは非常にまずかった。何しろ、初穂の青い両眼で六条家と分かってしまうからだ。知れれば、定綱は主佐竹の敵とみなし、また領内への侵入を理由にいつでも刀を抜ける。
時に、これに対峙していた大内定綱は偶然の遭遇にしめたと思っていた。
青い両眼の噂は以前から耳にしていたからだ。伊達に仕える六条家には青い瞳を持った女子が産まれ、その目を授かった娘は先読みができるらしい―と。
いつぞやの歌会で耳にしたその噂を、頭の隅からほじくり返した定綱はにほくそ笑みながら、蛇の巣に入った親子の使い道をどうしてくれようと鍔を鳴らした。
確かに六条家では、不思議なことに青い目の女子が何年、いや何十年に一度生まれている。だが、これまで先読みをできる女子は誰一人として居なかった。ところが他人と違う容姿が人々のあらゆる妄想を駆り立て、いつの間にやら先読みの青い目はひとり歩きしていたのだ。
青い目の女子がいるというだけで、ただでさえ小さな六条家は目をつけられた。先読みを信じた輩は賊など使って六条家に押入りなどしたりした。子が生まれる度に狙われては家が持たぬと、さすればそれを逆手にしてはどうかと先々代は思いつき、青い目の娘に手を出せば災いが起こると大法螺を吹いて家の名に堀を作ったのだ。堀は水底が分からず、暗くおどろおどろしい様相を呈していたお陰で六条家は気味悪がられるようになったが、子が拐かされるよりは幾分もましである。
しかし大内定綱はその真実を知る由もない。青の先読みの目を持つ娘の命さえ奪わなければ災難は降り掛からぬと思っていたし、何より青い目には興味があった。
初穂の父六条花康としばらく睨み合ったまま馬がぶるりと体を震わせた時、とうとう定綱の供の者がしびれを切らして馬に太刀を浴びせた。
花康も随分とたち振る舞ったが、歴戦の定綱には叶わなかった。土ぼこりと血だまりの中に倒れ、娘初穂に手を出せば災いが起こるぞ、丁重に扱わねば、両眼から青い竜が睨んで居るぞと必死に法螺を吹き、初穂だけは生きのびよとの言葉を最後に、六条家はその日初穂を除いて皆還らぬ人となったのである。
それから、初穂は大内定綱に捕らえられ、不本意ながらもこの小浜城に囚われの身なのであった。定綱は、六条の青目の噂を本当に信じているらしいが、それ故に初穂に手出しは一切しなかった。先読みをせよなどと強要することも今のところはない。ただ珍しい人間を城に置きたいだけの、定綱の見栄っ張りな性分が幸いしていた。初穂は訪れるただ日々を過ごすばかりだ。
初穂の住まうこの屋敷は小浜城の敷地の端であって、周りの使用人から聞こえるのは、時節だとか、歌会の準備がどうとか、全く持って世情を話してはくれない。恐らく、定綱がそう命じているに違いないのだが、こうして、月に一度、田村清顕が菓子と共に手紙を送ってくれ、大内を取り巻く状況を知らせてくれ、また小浜城から初穂を出そうと模索してくれているのだった。
清顕にも初穂と歳の愛という名の一人娘がいる。清顕も子煩悩故、娘の大切な友人をこのまま外道のところへ置いておく訳には行かないとの好意だった。
安達郡のこの城へやって来てから、初穂は何度も自害しようと試みたが、その度に侍女に憚られ、また田村親子に手紙で励まされていたのだ。この両眼のせいで、一族が大内に潰されたといっても過言ではないのにそれは違うと、言ってくれる。励ましは少しずつ生きてみようと思わせた。
その時、初穂は過去にも一人、その目を恥じるなと言った人物が居たのを思い出した。もう一度、手紙のその名前を見遣った。伊達輝宗。そう、伊達輝宗であった。
初めて伊達輝宗、その息子藤次郎政宗と対面したのは、まだ伊具郡の六条の生家に居た頃で、数え十になるか成らないかの時、臣従している伊達家への参賀に、父と米沢城に出向いた時だった。
その頃嫡子の政宗は、黒い革の丸い眼帯を付け、更にそれを隠す様に前髪で顔半分を覆っていた。始終俯いた様子は随分と内気そうで、また大変大人しい男の子だった。
一方の初穂は、米沢城には初登城だったこともあって、大勢の家臣団に囲まれ、主輝宗を前に随分緊張していたのを覚えている。美姫と言われ視線を集めるも、周りの者は初穂のその瞳の色を珍しがった。
手を引いて城の中を行く父は、にこにこと自慢のひとり娘を連れて歩いているという風だったのだが、他人から見れば青い瞳の初穂を観察したり、近くの者と何やら耳打ちをしたり、当然広めた噂から気味悪がる者も居た。
二の丸の広間、祝賀口上の順番が六条父娘に回ってきた。いよいよ当主輝宗、子政宗と見えた時、初穂も政宗同様、己の目を気にして始終俯き加減で輝宗と花康が話すのを聞いていた。当時、輝宗は初穂の目の色の事は聞き及んでいたが、その時初めて間近で見たのだった。
輝宗は「これ藤次郎、ここへ」と隻眼の政宗を六条父娘の前まで来るように言うと、部屋の側で侍っていた家臣らに聞こえよがしにこう言った。
「そなたら、よいか。藤次郎、お前は目は一つしか見えぬ。初穂、お前は両目とも丈夫だが、他の者と色が違う。だがそれは決して恥じるのではないぞ」
その時、藤次郎政宗は、はいと返事はしたものの、随分と解せぬ顔をしていた。両目のお前はまだいいだろうとでも言いたそうに初穂を睨み付けたのである。一方の初穂は、政宗の眼帯を羨ましく思っていた。それがあればこの瞳の色も隠せるのに…と、だがどちらも帯に短し襷に長しのような幼子の考えだ。
その様子を見た、輝宗はぽんと掌に拳を打った。
「ほれ、藤次郎それじゃ!そうやって、じいっと見て女を見抜かにゃならんぞ。お前が家督を継げば、いつその命、狙うてくる者がおるでな。そうだ、初穂。そうやって、その目で男衆を引きつけるのじゃぞ、眉目秀麗なそなたは、お主に見とれておる間に、立派によい夫を選別すれば良いのだ。なぁに、ほれ、何も気にする事はない。皆と同じじゃろ?いや、皆よりも優れた眼ぞ」
そう言って、心配するなと二人を励まして、囁き合ったり、気味悪がったりする家臣らの雰囲気を一掃したのである。
はい。と顔を上げて、笑った初穂を輝宗はよしよしと、頭を撫でて、花康には父として共に立派に育てようぞ、とかなんとか言っていたようだった。感激した初穂の父は、伊具に帰ってからも、それを肴にし喜び母に報告し晩酌していたのが記憶に残っている。余程、輝宗に気に掛けてもらったのが嬉しかった様子だった。
初穂は、そうか、あの時の眼帯の男の子だ、とようやっとその政宗の容姿を思い出した。
しかし、よくよく考えてみると、藤次郎政宗は初穂と一つしか歳が違わなかった様に思う。であるならば、今年は十六歳である。あの内気で、大人しい眼帯を付けた彼を、輝宗は戦に出すのだなと武家の宿命をまじまじと思い知らされた。
何と言っても、あの時の輝宗は、田村清顕が愛姫を愛でるのと同じか、いやそれ以上に子煩悩だったからである。実に溺愛されているのが分かった。確かあの正月には、片倉小十郎という清廉な顔立ちの青年と、初穂と同じ齢の伊達藤五郎が既に小性として、藤次郎政宗の側に侍っていたからである。
あんなにも早くから、小性を付けるのは、あれも大きな家ではよくあることなのかもしれない。
雪が溶けるまで、あと少し。次第にふきのとうも顔を出し、それと同時にこの奥州では各所で鬨が上がる。また各々の御家騒動を呈する季節がやってくるのだ。初穂はまた白い息を眺めた。これ以上互いに何を欲するというのか、家族も領地も我が家も失っている初穂には到底理解できなかったし、早くこの混乱の蚊帳外へ是非とも抜け出したい、その一心であった。
田村清顕からは、城を脱出する際、なにか一つは情報を手に入れていなければならないと、毎回手紙の最後に書いていた。初穂はよく心得ていた。恐らく、相馬、畠山、大内の三家では今頃碁盤を眺めやっているに違いない。